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秋葉古道復活と歴史

(更新日: 2009/01/14)

HOME 秋葉古道復活と歴史 > 第1章 秋葉古道 分杭峠から鹿塩を歩こう

秋葉(あきは)古道(こどう)分杭峠(ぶんぐいとうげ)から

歴史(れきし)の道 秋葉(あきは)古道(こどう)

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記録日: 2008/11/15 かしお




動画 [Windows Media Video 形式]
記録日: 2009/00/00

長野県の南部(南信 なんしん)と静岡県の北部(北遠 ほくえん)、愛知県の東部(奥三河(みかわ))を総称して「三遠南信(さんえんなんしん)地域(ちいき)」と呼んでいます。この地域(ちいき)は、属する国(信濃(しなの)遠州(えんしゅう)三河(みかわ))が異なりながらも長くみっせつなつながりを保ち続け、共通の文化(ぶんか)を育んできました。そして、それをもたらしたものは「道」でした。南北に走る総延長220余kmのこの道は、江戸時代以降に火伏せ(ひぶせ)の神としての秋葉(あきは)信仰が盛んになり、秋葉(あきは)山(静岡県春野町(はるのちょう)秋葉(あきは)神社)への参ぱいが盛んになって以来、秋葉(あきは)街道(かいどう)と呼ばれるようになりました。
 古くは武田信玄(たけだしんげん)東海地方(とうかいちほう)へ侵攻した軍用道路として、また東海地方(とうかいちほう)からの特産物の輸入路であったと同時に、農村歌舞伎(のうそんかぶき)人形浄瑠璃(にんぎょうじょうるり)等の民俗芸能も伝えられました。そしてこれらもちこまれた文化(ぶんか)が、赤石(あかいし)山脈の谷から流出することなく定着し、それぞれの地域(ちいき)で今日まで維持されています。
 街道(かいどう)沿いにたたずむ道祖神【どうそじん】や数々の史跡(しせき)、そしてそこに住む人々の暮らしの中に今も息づいているのです。

▼1 まずは日程などを説明します

▼2 最初の打ち合わせ

▼3 現在の国道152号です

▼4 峠の上です

▼1 隊長さんからのお話

▼2 さあ準備はいいかな

▼3 最初の打ち合わせ

▼4 資料の用意はいいかな

▼5 

▼6 さあこれからお話をお聞きします

▼7 

▼8 いろんな話が次々と

▼9 みんな一生懸命です。

▼10 隊長さんのお話

▼11 むずかしいかな

▼12 何を書いているのかな

▼13 地図や資料にメモしていきます

▼14 説明を聞きます

▼15 地図でどこかな

▼16 さあ出発です

▼17 古道(こどう)入り口に向かいます

▼1 大鹿村(おおしかむら)の北側方面の史跡(しせき)案内です

▼2 大鹿村(おおしかむら)の南側方面の史跡(しせき)案内です

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